お知らせ


第8回忍坂街道まつり

令和元年10月12日に行われる「忍坂街道まつり」のチラシができました。今回は特別講師として前園実知雄先生をお迎えし実施いたします。ウォーク(80名)講演(130名)それぞれ先着順で定員になり次第締め切りです。


石位寺の拝観について

 この度、石位寺の伝薬師三尊石佛(学術名 浮彫伝薬師三尊像)が東京国立博物館での展示及び美術院国宝修理所での保存処理事業のため2019年4月13日からご出座されます。ご迷惑をお掛け致しますが、ご出座に伴い石位寺の拝観が出来なくなります。ご不在期間及び展示等,今後の予定は下記の通りです。

 

 拝観不可期間 2019年4月13日~2020年3月末頃

 

 今後の予定

  撥遣法要    2019年4月13日 

  搬出作業    2019年4月15日~19日

  保存処理事業      2019年4月~11月末

  展示事業    2019年12月~2020年3月末

 

 東京国立博物館 平成館 展示

 日本書紀成立1300年 特別展 「出雲と大和」

 展示期間    2020年1月15日~3月8日

 

忍阪とは



 

私たちが住む『忍阪(おっさか)』は、神武東征のおり大和平定の重要拠点として古事記・日本書紀に記され、また千数百年前に造られたとされる国宝・人物画像鏡に印刻されている「意柴沙加宮(オシサカノミヤ)」の地名でもあります。

 

和歌山県橋本市の隅田八幡宮所蔵のこの鏡に『癸未年八月、日十(ひそ)大王の年()、男弟王が意柴沙加宮にいます時、・・・』とあり、この癸未年を443年とすれば、大王は允恭天皇の事となり、「意柴沙加宮」は皇后である忍坂大中姫のオシサカと同じことになり、意柴沙加・・・オシサカ・・・忍坂・・とつながっていくのです。また、「日本書記」の允恭紀には、忍坂大中姫の名代として忍坂部(おつさかべ)を定めたとあります。「刑部」と書いてオサカベと読むのは、忍坂部がいわゆる刑部(訴訟・軍事)に関係したからとも・・。


また、古より、恩坂、押坂、忍坂とも表記され、「おさか」、「おっさか」と呼ばれてきた歴史ある地名で、現在は一般的には「忍阪(おっさか)」と読んでいます。オシサカのオシは、忍海(おしみ)、押熊(おしくま)のオシと同じく『大』を意味し、「大きい坂」を現しているとも・・・。確かに宇陀ケ辻から女寄峠までは、登り坂が続きます。


忍阪は、神武東征の伝承の舞台としても古事記や日本書紀に登場しています。この当時、「忍坂」とともに『大室(オムロ)』という地名も載っています。村に残る明治時代の地籍図にも、「大室(おむろ)」が「ハソ谷」の隣に示されています。今日では、その地は近鉄朝倉団地の一部となっていますが、近年、「大室町(おおむろちょう)」となり、小字名として復活しています。