新着情報!

神輿 の修復その後(2018.6.17)

生根神社の神輿のその後の修復の状況をお知らせします(詳細はニュースのページをご覧ください)


鏡王女墓前祭行われる!  (2018.6.9)

去る6月9日(土)午前11時から鏡王女墓前において談山神社・宮司による墓前祭が執り行われ、忍阪生根会メンバーが参列しました。

   

 

 

 

ふるさと桜井「記紀万葉歌碑に親しむ集い・忍阪編」(3/4開催)約150名が参加!

3月4日(日)、ふるさと桜井「記紀万葉歌碑に親しむ集い・忍阪編」開催!

来る3月4日(日)に、桜井記紀万葉プロジェクト推進協議会主催(忍阪区は共催)による ふるさと桜井「記紀万葉歌碑に親しむ集い・忍阪編」が催されます。

この催しは、桜井市内の記紀万葉にゆかりのある地域において、それらの地域の良さを再発見できる取組みのひとつです。
平成27年度には吉備区において、平成28年度には金屋区において催されてきました。
そして平成29年度に忍阪区が選ばれ、下記の内容で実施いたします。

 

ぜひ、記紀万葉の世界に浸りにお越しください。

区民一同、心からお待ちしております。

 

平成30年3月4日(日)午前9時30分~午後3時

 

◆午前の部 (集合:石位寺) 9時30分開場

 ●地元有志による忍阪名所案内

 ●特別企画 王家の谷 万葉歌コンサート

      (会場   :  鏡王女墓前 特設ステージ) (10時45分~11時45分)

   万葉history・song・で紡ぐ~
              ~忍坂山に響くさくらい万葉の調べ~
                いにしびとたちが愛した山・川・空      万葉うたいびと風香さん  (特別出演)

 

 

◆午後の部 (会場  :  忍阪生根会館)

 ●忍阪を愛してやまない万葉研究者 村田先生の講演会 (13時~14時30分)

   演題 『記紀万葉と忍阪』  関西大学教授 村田右富実先生
      近著「おさんぽ万葉集」でも忍阪を詳細に紹介いただいています。

 

■参加無料
 ●先着100名様 (事前申込制)

  お昼には地元有志による忍阪の心づくしのふるまいがあります。

 

 ●申込方法 

   電話、FAX、はがきで住所、氏名、郵便番号、年齢、性別、電話番号を明記。
 ●連絡先 

   〒633-8585 奈良県桜井市粟殿432-1 桜井市役所観光まちづくり課
         「ふるさと桜井記紀万葉歌碑に親しむ集い」受付係

         Tel  0744-42-9111 (内線342) Fax 0744-46-1782

 

■お知らせ

 ●会場周辺は、駐車場がありません。公共交通機関をご利用ください。

  (忍坂バス停より徒歩5分。近鉄大和朝倉駅から徒歩19分)

 

 

 

 

 

ロウソク灯篭で新年を迎える!

2018年の新しい年を迎えるにあたり「忍坂坐生根神社」において、

区民手作りのロウソク灯篭を持ち寄り、カウントダウンを行い、

新年を迎えました。

 

境内にある24基の石灯篭と拝殿左右の燭台にロウソクが灯されます。

そして拝殿正面の石段と天満神社の石段には、ロウソク灯篭が並べられ、

灯篭の火が、厳かな拝殿を照らします。

 

境内の焚火と灯篭のともしびは、手を合わせる参拝者に温かい灯で包み込み、

区民一人一人には幸せを降り注いでいるような光景となりました。

 

新しい年、2018年、平成30年のスタートです。

 

御神輿、修理はじまる!


忍阪区の御神輿の修理がはじまりました。
詳細については「ニュース」の項目で紹介しておりますので、ご覧ください。

 

 

忍坂街道まつり、成功裏に終わる!

去る10月14日に「第6回・忍坂街道まつり」を行い、成功裏のうちに終えることができました。
ご協力、ご支援いただきました関係各位に御礼申し上げます。
各催しの詳細については「ニュース」の項目で紹介しておりますので、ご覧下さい。

 



忍阪とは



 

私たちが住む『忍阪(おっさか)』は、神武東征のおり大和平定の重要拠点として古事記・日本書紀に記され、また千数百年前に造られたとされる国宝・人物画像鏡に印刻されている「意柴沙加宮(オシサカノミヤ)」の地名でもあります。

 

和歌山県橋本市の隅田八幡宮所蔵のこの鏡に『癸未年八月、日十(ひそ)大王の年()、男弟王が意柴沙加宮にいます時、・・・』とあり、この癸未年を443年とすれば、大王は允恭天皇の事となり、「意柴沙加宮」は皇后である忍坂大中姫のオシサカと同じことになり、意柴沙加・・・オシサカ・・・忍坂・・とつながっていくのです。また、「日本書記」の允恭紀には、忍坂大中姫の名代として忍坂部(おつさかべ)を定めたとあります。「刑部」と書いてオサカベと読むのは、忍坂部がいわゆる刑部(訴訟・軍事)に関係したからとも・・。


また、古より、恩坂、押坂、忍坂とも表記され、「おさか」、「おっさか」と呼ばれてきた歴史ある地名で、現在は一般的には「忍阪(おっさか)」と読んでいます。オシサカのオシは、忍海(おしみ)、押熊(おしくま)のオシと同じく『大』を意味し、「大きい坂」を現しているとも・・・。確かに宇陀ケ辻から女寄峠までは、登り坂が続きます。


忍阪は、神武東征の伝承の舞台としても古事記や日本書紀に登場しています。この当時、「忍坂」とともに『大室(オムロ)』という地名も載っています。村に残る明治時代の地籍図にも、「大室(おむろ)」が「ハソ谷」の隣に示されています。今日では、その地は近鉄朝倉団地の一部となっていますが、近年、「大室町(おおむろちょう)」となり、小字名として復活しています。