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三重県大紀町の皆さん60名、神武東征の地・・忍阪へ。


「都に続く縁(えにし)の道を歩く」と題する三重県徒度会郡大紀町の「戸畔(とべ)の会」(代表・西村元美さん)主催に参加の60名の皆さんが、去る11月19日(日)、忍阪区に来られました。

 

この会は、2020年の日本書記編纂1300年を目標に神武東征の上陸地と言い伝えのある大紀町錦から都(奈良・橿原)までの道を辿り、神武天皇ゆかりの地の歴史を学ぶ催しをされています。
また、この道は、魚や塩を奈良まで運んだ行商の道でもあり、都の文化や人が行きかう交流の道でもあったのです。

 

平成25年からスタートされ、毎年1回の催しで、6回目を迎える今回も、先月、「忍坂街道まつり」でも歴史講演会でお世話になった皇學館大學の岡田登教授も参加されていました。教授はこの催しには毎回現地案内をされ、見学後の講演会も行われるという充実した内容です。

今回は、石上神社・黒塚古墳・桜井埋蔵文化財センター・天香具山そして忍阪区に来られたのです。

 

石位寺拝観のあと忍坂街道に建つ「忍坂道伝承地道」の石碑を見学。また忍坂生根会館で忍阪の紹介DVD観賞のあと、岡田教授のミニ講演会が催されました。

 

我が区の神武天皇とゆかりのあるところは、小字ヲムロに『神武天皇聖蹟 忍坂大室屋跡』の木標が建っていたところがありますが、現在は造成され宅地化されています。
また、神籠石という謎の巨石があり『神武天皇がこの地にいた土蜘蛛・八十建を討つとき、この石に隠れ矢を持ち、楯とした大石という』伝説が残っています。地元では「血ご石」と呼び、石を割ると血が出る・・・神聖な石であるから大切にせよ、との先人の教えだと言われています。

 

尚、11月25日には、戸畔の会メンバーの皆さんが、宇陀街道から半坂峠を越え粟原寺から男坂道を経て石位寺まで歩かれることになっています。

 


忍阪秋祭り・・・修復の太鼓台 巡行!!


忍坂坐生根神社において、忍阪区の秋祭り・宵宮(10/13)と本宮(10/14)が行われました。
「忍坂街道まつり」のイベントを終えた13日の宵宮。
夕刻5時半からは境内に張られたテントの下で、忍阪生根会、忍阪区まちづくり会、忍阪子ども会、石位寺石仏保存会による夜店・無料ふるまいが行われました。金魚すくい・綿菓子・焼き鳥・唐揚げ・フランクフルト・おにぎり・飲み物・あてものなどがあり、長い列ができるほどの大賑わい。
午後6時から神主のお祓いが行われました。

14日の本宮においては、10時から秋祭り大祭の式典(神事)が行われたあと、歴史ある太鼓台修復を奉納頂いた㈱瀧川寺社建築・瀧川 伸 社長への感謝状贈呈、そして実際に宮大工として携わっていただいた瀧川幸男氏・瀧川 潔氏のお二方には記念品が、藤本・忍阪区長から贈られました。


引き続いて、40数年ぶりに復活した太鼓台巡行と修復奉納を祝って、桜井学園のご協力により、桜井学園5歳児による太鼓演奏があり、明るい大きな声と力強い太鼓の音が境内に響きわたっていました。

 

午後1時からは、子ども神輿を先頭に太鼓台が区内を巡行(太鼓台は一部の区間のみ)しました。

今回初めての巡行となった太鼓台は、担ぎ手(曳き方)が区内メンバーだけでは足りず、朝倉台自治会から16名の応援を仰ぎ、忍阪区の30名ほどのメンバーとともになんとか曳くことが出来ました。
修復された太鼓台は台車が加わった分だけ大きく重くなったものの、神社境内入口の急坂での昇降を除けば、スムースに巡行が出来ました。


第7回 忍坂街道まつり 成功裏に終える!


 

去る10月13日(土)に、第7回目を迎えた「忍坂街道まつり」が行われました。
今回は『神武東征を探る』をテーマに、第一部の午前は、神武東征の道を歩く街道ウォークイベント。

第二部の午後は、皇學館大學 名誉教授  岡田  登氏による「神武天皇東征の謎に迫る」と題しての講演会。
秋晴れの天候にも恵まれ、参加いただいた方にも満足いただけたイベントとなりました。

第一部には、先着50名の予約に対して80名近くの申込みをいただき、ボランティアガイドの増員をお願いしての対応となりました。
集合の桜井駅からバスで大宇陀区麻生田へ。開会式のあと半坂峠を越え粟原寺跡へ。粟原公民館で昼食し、石位寺に立ち寄ったあと講演会場に向かう三分の二のグループと越塚古墳を巡る残りのグループに分かれました。

 

第二部の歴史講演会にも100余名の方に参加頂きました。
2020年に日本書記編纂1300年を迎えるにあたり、その機運が高まりつつあるタイミングでの講演となりました。
記紀は史実をデフォルメしているものの造作はしていないとされ、神武天皇の実在性や大和の地の重要性について述べられ、聴講された皆さんは熱心に聞き入られていました。

 

ご協力いただきました粟原区、桜井市観光ボランティアガイドの会の皆様、そしてご後援いただいた桜井市、桜井市教育委員会、一般社団法人 桜井市観光協会の皆様に厚く御礼申し上げます。

 

 


なかしのみCD発表記念ライブ


忍阪街道まつりも間近に迫ってまいりましたが、まさに同じ10月13日(土)、忍阪在住の演奏家が参加するライブが大阪において開催されます。万葉歌ユニット・結(ゆい)のメンバーでもあります、岩田繁明(G)、小倉一起(Ds)の二名が、なかしのみさん(Vo)をサポートするもので、場所は梅田アムホール(お初天神通り入ってすぐ)、16時半開場・17時開演で、1ドリンク付き2000円となっています。人生や子育て、社会問題などを歌った楽曲をカラフルな演奏で盛り上げます。


第7回 忍坂街道まつり


7回目を迎えた「忍坂街道まつり」が10月13日(土)開催されます。今回は神武東征をテーマにウォークと講演会が開催されます。尚、今回から先着順・予約制となっていますのでご注意ください。(お申し込みは桜井市観光まちづくり課)





写真家・三好和義氏、薬師三尊石仏を撮影。(2018.8.7)


去る8月7日、写真家・三好和義氏が石位寺・薬師三尊石仏の撮影に来られました。

これは桜井市役所を通じて依頼があり、三好プロは「楽園」をテーマに世界各国で写真を撮られている著名な写真家で、近く発刊の仏像の写真集に収録される予定です。


三好プロは、日本ユネスコの依頼で「日本の世界遺産」を撮影され、これらの写真は国際交流基金の手により世界を巡回中です。

また、近年は仏像・神社などの撮影も多く、伊勢神宮、春日大社、大神神社、東大寺、室生寺などの写真集など70冊以上が出版されています。

 

今回の薬師三尊石仏もどのような姿で撮られ、作品集に載せられるのか楽しみです。

 

 


太鼓台 の修復その後(2018.7.25)


今月も、太鼓台を修復中の現場を訪ねてきました。昨年から忍阪区の太鼓台を修理をしていただいている現場(㈱瀧川寺社建築様の設計・施工部(桜井市橋本))に訪問させていただきました。

江戸末期の名工の手による制作と伝わるこの太鼓台は、匠の手によって少しずつ蘇ってきていました。
本日は太鼓台の「立柱式」で、忍阪区からは13名の皆様が参加させて頂きました。

 

訪ねた工場内では、フォークリフトの部品を利用した台車が準備されていました。台車は鋼鉄製で1トンの太鼓台を受け止めるため1トンあり四隅にタイヤが取り付けられており曲がる為の舵も取り付けられています。
台車には、新調された4本の欅の通し柱を立て、その柱に順次修復された部品を取り付け屋根の部分をクレーンで持ち上げ、4本の柱にはめ込まれました。朝8時過ぎから始め、屋根が据え付けられたのは午後3時になってました。この様な貴重な作業を見学できるのは、一生に一度位しかないでしょう。暑い中汗をかきながら、感激致しました。

太鼓台はまだまだ修復個所が残っていますが、参加させて頂いた皆で、台車に乗った太鼓台を、試し引きをしてみました。タイヤが付いているので、平らな場所では簡単に動きましたが10月14の、村秋まつりで巡航するのが少し不安でもあり楽しみです。9月に、村秋まつりの会場である生根神社の木の伐採作業が予定されているので木の伐採が済んでから、太鼓台が生根神社に戻る予定です。
・・・今後も順次修理状況について紹介していきます。

お知らせとお詫び (神輿から「太鼓台」に呼称統一)


今まで、このHPで「神輿」として表記してきましたが、地元長老から「太鼓台」であると指摘されました。

神輿は、人が担ぎ上げるもので神様が乗っているものである。太鼓を叩く人が乗ったものを担ぐのは「太鼓台」である・・・と。

昔から「太鼓台」と呼んでいたと・・・。

子ども神輿には人が乗らないため「神輿」で良いと。

従って、今後は「太鼓台」と、呼称することに致します。

 

わが忍阪区の「太鼓台」は、専門家によると「大和型太鼓台」とされ、宇陀市(大宇陀・大熊、菟田野・宇賀志、菟田野・芳野、榛原・八滝、榛原・自明など)、東吉野(三尾、小川など) 、御杖村神末、奈良市都祁白石町、桜井市(大神神社・大美和青年会、小夫、初瀬の馳向・新町・柳原・寺垣内)の各地区の太鼓台とはよく似ているとされています。

 

江戸末期から明治初期に使われていた和釘(わくぎ)が、制作年代の証となり、明治初期に作られたのが多く、ある太鼓台には宇陀に住む大工と彫彫り師の名が刻まれています。また、別には大坂・本町の彫物師の銘がある太鼓台もあります。 


太鼓台 の修復その後(2018.6.17)


太鼓台、修復中の現場を訪ねてきました。

 

昨年から忍阪区の太鼓台を修理をしていただいている現場(㈱瀧川寺社建築様の設計・施工部(桜井市橋本))に訪問させていただきました。

江戸末期の名工の手による制作と伝わる太鼓台は、匠の手によって少しずつ蘇ってきていました。

訪ねた工場内では、修理が進み屋根の部分が修理を終え順次基礎部分に取り掛かられていました。

屋根板や装飾の彫り物類は、一つ一つ修復したり新調して見事に蘇っておりました。

屋根と基礎部の間にあるべきクッションの役目を果たす斗栱(ときょう)が欠落しておりましたが、新しく製作し追加されていました。

折れておりました基礎部の4本の通し柱はケヤキ材で新調され、組み立てを待つ状態で準備されていました。

本格的な修理を迎えた神輿は、どのような姿を見せてくれるのでしょうか・・・今後も順次修理状況について紹介していきます。


鏡王女墓前祭行われる!  (2018.6.9)


去る6月9日(土)午前11時から鏡王女墓前において談山神社・宮司による墓前祭が執り行われ、忍阪生根会メンバーが参列しました。


ふるさと桜井「記紀万葉歌碑に親しむ集い・忍阪編」


ふるさと桜井「記紀万葉歌碑に親しむ集い・忍阪編」が、3月4日、梅蕾が一気に膨らむ暖かな陽射しのなかで催され、応募数を大きく上回る約150名の参加を得ました。 

この催しは、桜井市内の記紀万葉にゆかりのある地域において、それらの地域の良さを再発見する取組みのひとつです。 

3回目を迎えた今回は、桜井記紀万葉PJ推進協議会会長でもある松井桜井市長の挨拶で開会。藤本忍阪区長の挨拶のあと名所案内からスタート。 

石位寺を起点に、保田與重郎歌碑、玉津島明神、神籠石、舒明天皇陵、鏡王女万葉歌碑、鏡王女墓を巡りました。
「王家の谷」の鏡王女墓前の特設ステージでは「---万葉histry songで紡ぐ---『~忍坂山に響く さくらい万葉の調べ~』 いにしえびとたちが愛した山・川・空」と題して、「万葉うたいびと・風香さん」による『万葉歌コンサート』を開催。
区民手作りの舞台と客席は、周囲の山々から切り出した竹材を使った万葉の世界をイメージした素朴な仕様。
風香さんは、万葉の風土と万葉歌人の心を織り込んだ万葉ヒストリーソングとして忍阪と桜井に関わる万葉歌の一曲一曲を紹介されながら、「秋山の樹の下隠り」、「秋の風吹く」、「祈り」、「挽歌-忍坂の山-」、「文に麗はし」など、思い入れの深い7曲を熱唱され、聴く人々の心に沁みる歌声が静寂な谷に流れました。
中でも「秋の風吹く」を歌い始められた時には、爽やかな谷風が流れ、五色の幡が靡くという感動的な瞬間もあって、王家の谷は、万葉歌に満ち溢れたひと時となりました。

昼食は生根神社境内において、区民による心づくしの「かやくご飯」と「鶏だんご汁」の「ふるまい」がありました。

午後からは、近著「おさんぽ万葉集」(西日本出版社)で忍阪を詳細にご紹介いただいている関西大学教授・村田右富美氏による「記紀万葉と忍阪」と題する講演会が催されました。
講演内容は「最古の忍阪」「古事記の忍阪」「舒明天皇と段ノ塚古墳」「鏡王女」についてで、分かり易く丁寧な解説は、充実したひと時となり、あらためて歴史ある我が里を再認識することになりました。

 


3/5の奈良新聞・朝刊で、紹介されました。


ロウソク灯篭で新年を迎える!


2018年の新しい年を迎えるにあたり「忍坂坐生根神社」において、区民手作りのロウソク灯篭を持ち寄り、カウントダウンを行い、新年を迎えました。

 

境内にある24基の石灯篭と拝殿左右の燭台にロウソクが灯されます。そして拝殿正面の石段と天満神社の石段には、ロウソク灯篭が並べられ、灯篭の火が、厳かな拝殿を照らします。 

境内の焚火と灯篭のともしびは、手を合わせる参拝者に温かい灯で包み込み、区民一人一人には幸せを降り注いでいるような光景となりました。

 

新しい年、2018年、平成30年のスタートです。

 


太鼓台、修理はじまる! 2018.11.02


 忍阪区の太鼓台がこのほど修理されることになり、その修理をしていただいている㈱瀧川寺社建築様の設計・施工部(桜井市橋本)を訪問させてもらった。

 

江戸末期の名工の手による制作と伝わるこの太鼓台。
昭和30年頃までは毎年秋祭りには村中を担ぎ回られ、その後昭和54年頃から3年ほどは復活したものの、いよいよ担ぎ手の不足から平成25年には境内での担ぎ上げだけになり、その後は収納庫から境内に出して太鼓台としての飾り付けだけとなり、太鼓を打ち鳴らすだけの催しとなっていました。

 

総ケヤキ造りとはいえ、長年の酷使のために傷みが酷く、担ぐには危険が伴うことも考えられることから、この貴重な先人達からの遺産を後世に引き継ぐためにも、このたびの修理となりました。

 

訪ねた工場内では、解体が進められ、屋根部と基礎部に分けられています。
屋根板や装飾の彫り物類は、すべて外され部材毎に並べられ、それぞれの取り付け箇所が明記されています。

 

基礎部の4本の通し柱はケヤキ材ですが、そのうち3本が担ぎ棒を通す箇所で折れていて、かろうじて他の部材で持ち堪えていることが確認できます。

 

また、屋根と基礎部の間にあるべき斗栱(ときょう)というクッションの役目を果たす部材が欠落し、効果を果たしていないことも分かります。解体してみて、かなりの重体と言えそうです。
屋根の部材を留めるクギには、制作当初の江戸時代に使われていた和釘(わくぎ)があり、また奈良では明治20年以降に使われ始めた洋クギが使われるなど、随所に補修の跡が窺えます。

 

本格的な修理を迎えた太鼓台は、どのような姿を見せてくれるのでしょうか・・・楽しみです。

 


第6回「忍坂街道まつり」成功裏に終わる! (2017.10.14)



「忍阪秋まつり」の一つのイベントとして催された「忍坂街道まつり」は、天気予報では雨天でしたが何とか持ちこたえてくれました。
午前の部の「秋の忍阪をゆく(歴史ウォーク)」からスタート。
8時30分のスタートに、大和朝倉駅に集まったのは途中から参加の方も含めて80名。その中には、午後の歴史講演会の講師でもある丹羽恵二先生も同行されました。

桜井市観光ボランティアガイドの方の案内で出発。標高292mの外鎌山(忍坂山)を目指します。
あいにくの天候で、二上山や生駒・葛城・金剛連山は見ることができませんでしたが、標高292mからの眺望を満喫。
次に向かったのは大伴皇女墓、鏡王女墓、舒明天皇陵。そして今回、午後の講演会で取り上げられる「赤坂天王山古墳群」へ。

狭い羨道部から腰をかがめながら古墳内部に入るという黄泉の世界へのタイムスリップ。

石室内の巨大な石組や石棺に触れながら、感激の声をあげておられました。

帰路、石位寺で休憩、昼食され、午後1時からの歴史講演会に参加されました。

午後の部・第一部は桜井市教育委員会文化財課・丹羽恵二先生による「赤坂天王山古墳群の謎に迫る~崇峻天皇と赤坂天王山1号墳~」の特別歴史講演会。
貴重な資料を基に説明され、100名を超える聴講者も真剣に聞き入っておられました。

毎年、催すこの歴史講演会には固定ファンも増え、記紀万葉故地・忍阪を再認識するいい機会になっていると言えます。

第二部は、今回初めての試みとして「子供たち」に焦点を当てたイベント『忍阪にアキラボーイがやってくる!』として「アキラボーイとタヌキチくんのデジタルショー」を実施。
テレビのZIP! ・スッキリ・金スマなどに出演されD-1グランプリで優勝されているデジタル芸人として有名なです。

会場の収容人数の制約から100名限定とし、参加申し込みは幼稚園児と小学校3年生までの84名とご家族。さらに会場スタッフも加わり140名ほどで会場は一杯。
何しろスクリーンに映るアニメとアキラボーイの掛け合いに子供達は大喜び。
子供達全員参加のコーナーもあって・・・時間の経つのを忘れるほど。
予定の時間をオーバーしての熱演に大人たちまで興奮しておりました。

 

この後、秋祭り・宵宮が、会場の生根会館で行われました。

境内では、区の役員や子供会などによって模擬店が催され賑わっていました。
翌日の本宮は、あいにくの雨天。
本来は子供たちが曳航する神輿が区内全域を練り歩くのですが、子供たちの参加を取りやめ区の役員と子供会の方などでの巡行となりました。

 


ベンチとテーブルの補修をしていただきました!


  夢商人(ゆめあきんど)奥進木材工房の奥谷晴巧さん(忍阪在住)より寄贈されていましたベンチとテーブルが長年の風雨により痛んでおりましたが、奥谷さんの御好意により全て補修していただきました。また石位寺の境内のベンチを増設していただきました。
忍坂街道をハイキングや歴史探訪で訪れていただく方々にとって一休みほっと出来、また村人の憩いの休憩場所ともなる事でしょう。奥谷さんありがとうございます!!

平成28年度市民協働推進補助金事業報告会(2017.3.24)


3月24日桜井市まほろばセンターで 「平成28年度桜井市市民協働推進補助金事業報告会」が行われ、忍阪区の藤本副区長から報告しました。忍坂街道まつりは当補助金を活用させていただきながら実施しております。事業審査会の堀田会長からも年々「忍坂街道まつり」がバージョンアップされていることなどについてお褒めの言葉をいただきました。

本年度の「忍坂街道まつり」は更に地域の創生に向け楽しいイベントになるよう区民一体となって取り組んでまいります。詳細が判明次第、当ホームページでお知らせいたします。是非ご期待ください。(10月14日を予定しています。)


NHK「ザ・プレミアム」で紹介されました(2017.1.3)


「ザ・プレミアム」英雄たちの選択 ニッポンのはじまりスペシャル企画!「最新事情を踏まえ古代人のこころと文明の成り立ちに迫る」で忍阪にある舒明天皇陵(段ノ塚古墳)を橿原考古学研究所の菅谷所長が紹介されました。



「元旦祭」 (2017.1.1)


平成2911日午前7時より、忍坂坐生根神社において区役員出席のもと元旦祭が厳粛に斎行されました。
今年1年も区民の皆さんの健康・安全と繁栄が祈願されました。



『第5回「忍坂街道まつり」(2016.10.15)

 

晴天の1015日、『秋祭り』の宵宮当日に行われることになった『忍坂街道まつり』。5回目を迎えて企画内容もますます充実。今までの忍阪区内での催しから「忍坂街道」の冠の名前に相応しく忍坂街道沿いにある名所を巡るウォーキングが組み入れられました。

 

また区内で催されるのは初めての「落語」。そして毎年恒例の「歴史講演会」。今回は「忍坂山」の神山説。回を重ね、ますます内容が濃くなる『忍阪の歴史考察』となりました。

 

 

 

午前中に催された『街道ウォーク』では50数名の参加を得て、桜井駅南口をスタート。桜井本町通り、外山区、赤尾区、忍阪区の石位寺に至る「伊勢・忍坂街道コース」の名所・旧跡をボランティアガイドの方の説明による新しいウォークコースの「街道めぐり」を楽しんで頂きました。単なるウォークだけでなくあまり知られていない隠れた旧跡や日頃拝観出来ない寺院の秘仏特別拝観と解説など、地元の皆様のご協力を得て実現。歴史ファンにとっては嬉しい内容となり好評でした。

 

 

 

午後からの「落語と講演会」の会場には、会館内の席だけでなく館外のテント席での大型モニターによる同時放映も用意され、100名余りの方に楽しんで頂きました。
第一部は、「森乃福郎師匠」による『落語』。地元で「落語」が聞けるとあって前評判も上々。当日出演の大阪天満・繁昌亭を休まれ代役を立てての出演で、観客の顔ぶれを見て決められたという演目は、江戸幕府を題材にした新作落語を披露して頂きました。

 

第二部では大淀町教育委員会の松田度先生による「忍坂山に祈る---磯城三神山の謎に迫る---」と題した講演会。記紀の神々の系譜につながる山々に思いを馳せた内容に地域遺産の素晴らしさと誇らしさを再確認したひとときでした。

 


また午後2時半から石位寺では、当日催しの「落語」の収録ビデオ放映のあと、講演を終えられた松田先生が来られ、会場に行けなかった区民や歴史愛好家40名余りの皆さんと懇談会に出席。次々出る質問にも快く答えて頂き、楽しいひと時となりました。

 

夕刻からの宵宮には、宵宮神事が行われる中、子ども会による夜店が催され賑わっていました。
翌日の本宮には、子供神輿が区内を回り、太鼓の音と共に子供たちの元気な声が「忍坂街道」に響き渡っていました。

 

 


説明板にQRコード設置しました。(2016.5.19)


忍阪の観光案内用看板(説明板)にQRコードを設置しました。現地のそれぞれの看板のQRコードをスマホ等で読み込むと当ホームページの該当のページが出る仕組みになっております。現地でも是非活用下さい。